アユタヤの侍 山田長政

By 2014年8月29日 タイ記事 No Comments

タイ_0829

おはようございます!サワディーカー!
今朝は「アジアと日本の歴史を探る!」をテーマに、山田長政についてお話をしたいと思います。以前カンボジアに渡っていた日本の侍が残したと思われる壁画のお話をしましたが、ちょうど同じ朱印船貿易が盛んだった安土桃山から江戸初期の頃、タイにも多くの日本人が渡っていたという記録が残されています。(*^_^*) その中でもアユタヤの侍として、現代でもタイ映画の題材になるほど、山田長政は名の知れた日本人の一人です。長政は駿河の国に生まれ沼津藩主の駕籠かきとて仕えたのちに朱印船で長崎や台湾を経てシャム(現在のタイ)に渡り、シャムの日本人街の頭領となった人物で、スペイン艦隊のシャムへの二度に渡る侵攻を防いだ功績がアユタヤ国王に認められ、高官に任ぜられ、シャムの王女と結婚したという伝説がありますが、歴史的な記録が乏しく実像はどうであったか謎に包まれているところもあります。長政はパタニ王国(マレー半島に存在したマレー人王朝)との戦いで足を負傷し、その際に毒入りの軟膏を塗られ毒殺という非望の死を遂げたという記録がオランダの史料の記録に残っていますが、長政の話はタイ人でも知っている方が多く、英雄視されている人物ですので、会食の際にでも話題に出されてみてはいかがでしょうか。( ゚∀゚ )ノ